『Fate/Zero』切嗣過去編のリライト:前編
島がある。全体を一望できるだけの高さから俯瞰しても、家々の様子が見て取れるほどの大きさであるから、小さな島と言える。島の周囲は陽光の注ぐ碧色の海が広がるばかりである。他の島は見当たらない。
島の細部を拡大して見る。漁具の積み重なった入り江の付近に30戸ほどの小さな家が集中している。目を引く高さの建造物と言えば、協会くらいのものである。その集落以外はみなジャングルで、人気はない。しかし漁村から遠く離れた、ジャングルの最奥部だけは木々が刈られている。そこには屋敷がある。屋根は色あせ、庭の雑草は茂っている。手入れはされていない。所有者は無頓着な気質であるようだ。
そこへ古びた様子のピックアップトラックが、悪路に車体を揺らしながら来て停車する。運転席から少女が、助手席からは彼女より幼く見える少年が降りてくる。
「着いたよ、ケリィ」と、少女が言う。
「毎回言ってるけどさあ、もっと丁寧に運転してよ、シャーレイ」と、少年が言う。
「できたぞ切嗣。これでちょうど、100体目の実績だ」百合に似た白い花を植木鉢に抱えた中年の男が、少年に語りかける。植木鉢には「100」と、少年の父特有の細く斜めがちな筆跡で書かれたシールが貼り付けてある。
「父さん、新作ができたんだね」
「ああ。時の流れを操作して作った、枯れない花だ。これ以上生長することはない。私たち、衛宮の家の魔術を応用したものだ。固有時制御・・・・・・魔法のように私たちの外側に流れる時間に干渉するのでなく、私たち生物の内側に流れる時間を操るものだ。時間が永遠に凍り付けられたまま、と言えばお前にも分かりやすいだろうか。問題は、同じ理論を人間に応用できるかどうかだな・・・・・・」
矢継ぎ早に理論をまくしたてる父に、少年は当惑したような表情を見せるだけである。そこに、
「お待たせー!」と声を張り、シャーレイが駆け寄って来る。手には少年の父が持っていたものと同じ植木鉢の花がある。
「シャーレイ、それ・・・・・・」
「見て見て、あたしの初成功例!」
「シャーレイが、助手の片手間に見よう見まねでな。彼女にはやはり、魔術の素養があるらしい」
シャーレイの満足げな様子に感化されてか、少年が父を見上げてねだる。
「父さん、僕もやってみたらダメかな?」「駄目だ」
少年の申し出は一蹴される。
「分かるだろう切嗣。お前はまだ幼い。どのみちその時が来たら、お前はやるべき仕事をやらねばならないんだ。焦らないで待っていろといつも言っているだろう」
少年は肩をすかすが、しかし父の言いつけには納得しているのか大人しく頷く。
3人は昼食をとり、実験に戻る。実験に参加するにはまだ幼いと父に判断されている少年は、離れの小屋で実験を進める2人を遠巻きに見ている。
夜になっている。明かりは屋敷からわずかに漏れているだけだが、星明りが十分に島を照らしている。
「じゃ、また明日ね」
と笑顔でシャーレイは挨拶するが、すぐにその表情を失う。真顔で植木鉢が置かれた棚を見つめている。
「・・・・・・どうしたの?シャーレイ」と、切嗣が訊ねる。
「花をずっと咲いたままにするなんて、ほんと素晴らしい魔術だよ」
「シャーレイだってやってるじゃないか」
「あたしなんか花止まりだからさ。先生はもっと先に行ってるよ。先生の薬なら、人間の死は存在しないのと同じになる。・・・・・・あたしはさ、やっぱり先生の力を、世の中のために使って、みんなに分かってもらいたかったりするんだよね。先生はそれを諦めちゃってる」
「でもケリィ、君ならきっとできると思う」
少年は突然のシャーレイの発言に戸惑った様子を見せるが、微笑み直して、
「なんだよ。父さんの一番弟子はシャーレイじゃないか。それをやるとしたらシャーレイだろう?僕じゃない」と言う。
「あたしは弟子なんかじゃないよ。せいぜい助手がいいところ。雑用係。お手伝い・・・・・・」
そこまで口にしてシャーレイは黙り込む。少年はシャーレイの視線の先を見やり、「あ」と間の抜けた様子の声をあげる。昼間シャーレイの持ってきた花が枯れ朽ちている。あたしの初成功例!実験は失敗に終わってしまった。彼女にはやはり、魔術の素養があるらしい。自分ではやはり魔術師には至らないのだと、そう失望しての弱音に見える。
「あたしは、弟子でも何でもないのよ。・・・・・・ケリィ、君は間違いなく先生の後継ぎなんだよ。今の研究は、いつかケリィに引き継がせるために準備してるものばっかりなんだから。今はまだ、ちょっと早いってだけ」
不意にシャーレイが少年の手を取る。「ね、ちょっと来て」
屋敷から離れ、鬱蒼としたジャングルの中を2人は歩んでいく。
「どこ行くんだよシャーレイ?」「そのうち分かるってば」
シャーレイは再三投げかけられる少年の問いをはぐらかすばかりである。
「・・・・・・神父さまがね、もうあの屋敷に行くなって言ってきかないの」
少年の方を振り返らないまま、独白するようにシャーレイは語る。
「じゃあ、シャーレイはもう来られなくなっちゃうの!?」
少年は動揺したのか声を張り上げる。
「今までみたいに毎日通うのは難しくなっちゃうのかも・・・・・・。だから私、あの実験はなんとしても成功させたかったんだ。枯れない花です!私たちはこんなに素晴らしいことをやっているんです!って、証拠を出して、村のみんなにも認めてもらえるように」
「父さんが花を見せれば済む話じゃないか。父さんも、ちゃんと村の人とつきあえばいいのにな・・・・・・」
「うん、どうかな・・・・・・。先生はもう、そういうの諦めちゃってるから。シモン神父とか、先生のこと目の敵にしてるからね。私もしょっちゅう説教くらうんだよ?『あのお屋敷で働いてたら、いずれ悪魔に魅入られる』って。ほらこれ」
シャーレイは懐から短剣を取り出す。鞘には十字架が描かれている。
「肌身離さず持ってろって、神父に押し付けられちゃった。霊験あらたかなお守りなんだって」
少年はその短剣を手に取り矯めつ眇めつ見る。刃はよく砥がれており切れ味は十分にあるものと見える。短剣をシャーレイに返しながら少年は言う。
「シャーレイはさ、怖くないの?父さんのこと」「全然」
シャーレイは即答する。
「確かに魔術の研究なんてさ、普通じゃないかもしれないけど、先生の知識や発見は、歴史に残ってもおかしくない、大変なものばっかりだもん。むしろ、凄い人だと思ってる。私もいつか、あんな大人になりたいもの。・・・・・・ほら、着いたよ」
シャーレイは足を止める。そこはジャングルに流れる小さな川である。滝へ通じているのか、かすかに水の注ぐ音が響いている。澄んだ水が星空を鮮明に映し出している。水面で揺らぐ満天に感動したのか、少年は小さく感嘆の声を上げる。そのような少年の様子を微笑みつつ見やりながら、シャーレイは口にする。
「私は先生みたいな大人になりたい。───ケリィはさ、どんな大人になりたいの?お父さんの仕事を引き継いだら、どんな風にそれを使ってみたい?世界を変える力だよ。いつか君が手に入れるのは」
少年はわずかの間、返答に窮してのち、こう答える。
「それは・・・・・・。そんなの、内緒だよ」
語気を強めて語り、少年はシャーレイからそっぽを向く。顔を赤らめてそう突き放すように言う様は、照れ隠しに見える。
「ふぅん・・・・・・?」
シャーレイは薄笑いを浮かべ、必死な様子の少年に流し眼を寄越す。
「じゃあ、大人になったケリィが何をするのか、あたしにこの目で見届けさせてよ。それまでずっと君の隣にいるから。いい?」
「か・・・・・・勝手にしろよ!」
少年は腕を組み、目をきつくつむってそう答える。シャーレイは満面の笑みを浮かべている。少年もかたくなな言動とは裏腹に満足げな様子に見える。満天の影がおだやかにたゆたう。そうして夜が過ぎる。二度と戻らない夜が過ぎる。
ある日の朝、少年の父がいまだベッドで寝ぼけている少年のもとへ来るなり言う。
「切嗣。昨日、私の工房に入ったりしていないだろうな?」
目をこすりながら覚めやらぬ口調で少年は入っていないと答える。
「そうか・・・・・・。切嗣、今日は村に行くな」
それだけを言い残し少年の父は部屋を出る。少年は訝しげに眉根を寄せるが、やがて再びベッドへと戻り、もう一度眠り直す。
やがて少年が起き出し、屋敷から出ずに時間をつぶす。日が暮れる。
「シャーレイ、遅いな・・・・・・」
と独り言をつぶやく。意を決したかのように立ち上がり、村へと降りていく。
村へと着いた少年はシャーレイの家へ行く。窓から様子を伺うが人気がない。暗くなってきたにもかかわらず、明かりさえついていない。ノックにも物音一つ立たない。少年は家へと入り、そこで驚いたのか目を見張る。ひどく荒らされている。なぎ倒された家具にはみな獣の爪で引っ掻かれたような鋭い傷が走り、砕けた陶器や皿が床一面に散乱している。
『あのお屋敷で働いてたら、いずれ悪魔に魅入られる』
強盗が入ったようなありさまだが、しかしこの島にそのような犯罪はない。盗人がいないので、戸締りなぞ必要としない島である。おびえた様子の少年は足元に目をやる。細く斜めがちな字で、数字が羅列されたシールの貼られた瓶だけが、無傷で転がっている。
少年の父特有の細く斜めがちな筆跡。
その時、外から鶏の鋭い鳴き声と暴れる音が聞こえてくる。慌てて少年は飛び出す。音はシャーレイの家のすぐそばにある鶏小屋から聞こえてくる。そこには、月光に照らされ死人のような白い肌をした、シャーレイによく似た何かが座り込んでいる。それは逃げ惑う鶏を両手でわしづかみにして、部位を気にせずかぶりついている。水気の混ざった音がする。それは肉を喰らうのでなく、血をすすっている。少年の足音に気付いたそれは、紅い瞳をゆっくりとこちらに向ける。
「シャー、レイ・・・・・・?」
事態を噛みしめるかのように、ゆっくりとそれの目が見開かれて、それは叫ぶ。
「違う、違うの!いや、見ないで、ケリィ・・・・・・!いや!いやぁっ!」
それは少年から逃げだすように後ずさり、頭を掻き毟る。人の爪が立てるそれにしては異様に固い音が響く。爪は、不自然に長く鋭く伸びている。
「違うの、私、認めて、ほしくて・・・・・・!飲んだら、変わって、みんな分かってくれるって!証明を!」
証拠を出して、村のみんなにも認めてもらえるように。
錯乱した様子で、それは顔を隠しながらきれぎれの言葉を続ける。
「でもっ・・・・・・駄目っ・・・・・・ああっ・・・・・・!」
うめき声を上げながらそれは頭を小屋の金網に叩き付ける。激しく身を反らしたその時、懐から短剣が少年の足元へこぼれ落ちる。
不意に、それが動きを止めて、言う。
「殺して」
「それで・・・・・・お願い、殺して・・・・・・、君が、それでっ・・・・・・今ならまだ、きっと、間に合うから・・・・・・抑えきれなくなる前に、はやくッ・・・・・・!」
聞き取れる言葉はそれきりである。そこからは、両手で金網をきつく握りしめ、獣のように前に出ようとする身体を制し、絶叫するばかりである。少年は、ゆっくりと、短剣を拾い上げる。刃はよく砥がれており切れ味は十分にあるものと見える。
殺せ、という声にしかし少年は足を震わせ、逃げ出してしまう。
シャーレイだったものの絶叫が少年の背中を追う。
少年は、声を振り切るかのように、重荷を投げ捨てるかのように、泣きわめきながら走る。
「ケリィはここで待っていなさい。私は村のものを呼んで様子を確かめに行く」
逃げ込んだ協会の神父はそう少年に言いつける。少年は礼拝堂の裏、神父の自室の椅子に座り込んで頭を抱える。
死人のような白い肌。血をすすっている。紅い瞳。
「殺して」
「あんな・・・・・・吸血鬼みたいな・・・・・・」
少年はさらに身を縮こまらせる。呼吸は平静であるのに、その全身からは汗がとめどなくふき出している。時折震えるところを見ると、冷や汗に見える。冷や汗。
「それにしても寒いな・・・・・・」
少年は窓の外の様子をうかがう。窓からは、先ほどの化け物によく似た、島民だったものたちが、同じ島民を貪るさまが見える。明らかに人間のものではない雄叫びが窓越しに響いてくる。神父と連れ立った島民たちが、懐中電灯の明かりを頼りに集落を探索しているのが見える。と、明かりに反応して、化け物が神父たちへと殺到する。神父たちはなすすべもなく押し倒され、首元に噛みつかれる。やがて化け物は神父たちの死体を置き去りにして去り、神父たちの死体はゆっくりと立ち上がる。神父たちだった化け物は、一連の様子を見ていた少年に気付き、窓へと駆け寄って来る。
少年は悲鳴を上げ、協会からも逃げ出す。少年の後ろからは窓が突き破られる音がする。
集落を抜け、必死でジャングルを駆け抜けた少年は、やがてシャーレイに連れてこられた川へと辿り着く。一度も止まらずに駆け抜けてきた少年は、ひとまずの安堵からか川辺に座り込んで呼吸を整えている。手にはいまだ短剣が握られている。するとそこへ、足音がする。
すぐに顔を向けると、そこには全身を血に染めた、シャーレイだった化け物がいる。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
少年は、いよいよ恐怖からか、喘ぐように口を空けることしかできない。
「ケリィ・・・・・・。私ね、島のみんなのこと、殺しちゃった・・・・・・。殺しちゃったんだよ?ケリィ・・・・・・人って、あんな簡単に死んじゃうんだ」
状況に不釣り合いな笑顔で、それは語る。
「ケリィ・・・・・・ねえ、ケリィ・・・・・・どうして?どうして殺してくれなかったの?どうして私を人殺しの化け物にしちゃったの?どうして島のみんなを死なせちゃったの?」
それは、笑顔を取り払い、泣き出しそうな幼子の表情で、叫ぶ。
「どうしてよ!ねえっ、ケリィ!どうして!」
少年はただ座り込んだまま、震えることしかできない。
そこまで叫ぶとそれは完全な化け物に戻り、少年のもとへ走って来る。少年が無抵抗なままで座り込み、ゆっくりと目を閉じかけたその時、銃声が響く。
横合いから、南国には不釣り合いな黒のレインコートを羽織った女が銃を構えて出てくる。女は続けざまにそれの体へ容赦なく撃ち込み、浅瀬に水しぶきをあげて倒れたそれの頭に止めの一発を決める。映り込む青の満天が、どす黒い紅色に汚されていく。
「どうやら出遅れちまったみたいだけど、まだ話を聞けそうな生き残りはいて助かったね・・・・・・。さて、坊や、せっかく助けてあげたんだ。ちょっと付きあってくれるかい?」
死徒。ナタリア・カミンスキーと名乗った女は化け物をそう呼び説明する。一般に言われる吸血鬼のようなものであること。生物としては死んでいること。魔性の証である紅い瞳を宿すこと。爪や牙が発達すること。人間を襲い血を吸うこと。吸われた人間は死に、同じものへと変貌すること。魔術的な素質を有するものは、理性を失くしたグールとは異なり人格を取り戻すこともあるということ。彼女にはやはり、魔術の素養があるらしい。そして何より重要なのが、自然には発生しないということ。死徒を連れて来た、あるいは人間がそれに変貌するための何らかの魔術を施した張本人が、この島のどこかにいるはずだということ。
「さあ、それじゃあ坊や。こっちの質問にも答えておくれ。今回一番初めに死徒になった人間。そいつを作りだした悪い魔術師が、この島のどこかに隠れているはずなんだが・・・・・・、君、何か心当たりはないかい」
少年が屋敷の玄関を開けるなり、「誰だ!」と少年の父が銃口を向ける。
「ああ切嗣、無事だったか。本当によかった・・・・・・」
少年を、父が相好を崩して掻き抱く。銃を傍らの机に置くと、すぐに渋面をとりなして叱る。
「今日は村に行くなと言いつけておいただろう。なぜ私の言いつけを破った?」
「シャーレイが心配だった」
シャーレイの名を聞くやいなや、少年の父は目をそらす。昨日、私の工房に入ったりしていないだろうな?数字が羅列されたシールの貼られた瓶。飲んだら、変わって。
「父さんは、彼女の身体に何が起こったか、知ってたんだね?」
少年は淡々と問う。
「あの子については本当に残念だ。試薬は危険だからけして触るなと何度も言っておいたのだがな・・・・・・。どうやら、好奇心には勝てなかったらしい」
父もまた、冷静に返す。声に動揺の徴はないようである。
「ねえ父さん、なぜ死徒の研究を?」
「切嗣、お前どこでそれを・・・・・・」
「父さんはいつか僕のことも死徒にするつもりだったの?」
「馬鹿を言うな。愛する息子にそんなことするわけがないだろう。私が研究していたのは、あくまで永遠の時を生きるための身体、不死の身体の研究だ。手間暇かかった試薬も、結局吸血衝動を抑えられない出来損ないに終わってしまったがな。根幹から理論を見直さねばなるまい。もっとも不死化とて更なる研究のための手段にすぎんのだが・・・・・・。いかん、切嗣。この話の続きはあとにしよう。今は逃げるのが先決だ。すまんがお前に荷造りをさせている時間はない。じきに死徒どもがこの屋敷にも押しかけてくるだろう」
「逃げられるの?ここから・・・・・・」
「ああ。こんなこともあろうかと、以前から南側の海岸にモーターボートを隠しておいた。さあ、行くぞ」
父はスーツケースを両手に取り、少年に背を向け玄関へと向かう。
根幹から理論を見直さねばなるまい。
「父さんは、研究を続けるんだね。これからも・・・・・・」
今ならまだ、きっと、間に合うから。
どうして殺してくれなかったの?
悪い魔術師。
絶叫。
「殺して」
少年は、衛宮切嗣は、無防備な背中に短剣を突き刺す。それはたやすく切嗣の父の腹から切っ先を覗かせる。切れ味は十分にある。
呼吸を荒げながらも、しかし切嗣は冷静に父が置いた銃を手に取り、頸、後頭部へと的確に撃つ。念のため、切嗣は背骨にも2発を撃ち込む。父は、切嗣の唯一の父は、断末魔もあげずに死ぬ。
凄い人だと思ってる。私は先生みたいな大人になりたい。シャーレイが敬愛し、切嗣もまた愛した父があっけなく死ぬ。他ならぬ切嗣の手によって。
震えた声を漏らしながら、切嗣は右手を振り回して、握りしめたきり手から離れない銃を振るい落とそうとする。何度も、何度も、何度も、腕を振る。その腕を、いつの間にか部屋に入り込んでいたナタリアが制し、やさしい手つきで指をほどく。手つきと裏腹にナタリアの顔は険しい。
「・・・・・・ここの結界、わりと簡単に突破できたぞ」
屋敷には父によって敷かれた、身内のもの以外を退ける結界が張られていた。
「・・・・・・怒ってるのか?あんた」
「そうと分かってりゃ、坊やにこんなことやらせはしなかった」
「でも、あんたが間に合うかどうかは運任せだった。父さんは逃げた先で同じ研究を続ける。そこでまたこの島みたいな大惨事が起こらないよう、父さんを確実に殺すなら・・・・・・僕がやるしかなかった」
「そいつは子供が親を殺す理由としちゃあ下の下だよ。それもこんな、悪魔みたいな巧さで」
ナタリアは魔術師の死体を見る。子供が、それも実の息子がやったとは思えぬほどの正確さで殺されている。
「そうなのかも、しれない・・・・・・」
『あのお屋敷で働いてたら、いずれ悪魔に魅入られる』
切嗣はナタリアの顔を見て、
「あんた、いい人なんだな」と、まるで吹っ切れたような笑顔で言う。涙のあとは、見えない。
「すぐにここを出るぞ。島の外までは連れ出してやる。・・・・・・何か持って行くものはあるかい?」
「何もない」
切嗣はナタリアの操縦するモーターボートに乗っている。両膝を抱え込み、ただ、燃え盛る島を眺めている。
不意に、切嗣は空を見上げる。映り込む青の満天が、どす黒い紅色に汚されていく。星々はいつも変わらず輝き続けている。ただ、その光を映し込む澄んだ瞳は、もう、どこにもない。