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長文集

長い文章

『Fate/Zero』切嗣過去編のリライト:後編

 夜。不自然なまでに人通りがなく、街灯さえない欧州のある街の路地に、必死な様子で逃げ惑う太った男の靴音がいやに響き渡る。

 男はちらちらと後ろを振り返りながら走るので、アーチ状の回廊の柱に身をぶっつけてしまう。苦し気な喘ぎを漏らし、汗を散らす。しかしそれに構いもせず、もつれかけた足を振るい、再びがむしゃらに駆けてゆく。

 その様子を、遠く離れた石造りの建造物の屋上から観察している青年がいる。青年は無線機に何事かを伝えている。

 「ナタリア、聞こえるかい?もう少しだ」

 無線機からはナタリア・カミンスキーの平静な声が返ってくる。

 「了解」

 男が回廊の十字路に差し掛かり、周囲に視線を巡らせていると、青年が

 「ナタリア。今だ」

 と、指示を出す。

 それと共にナタリアは回廊の梁から飛び降り、男の前に立ちはだかって道をふさぐ。男は狼狽したような声を出して数歩後ずさり、右手の細い路へと逃げ込んでいく。

 その路の先は袋小路である。数本の柱とその根元に荒石がごろごろと転がっている場所である。屋根は半壊しており、月明かりがわずかに射し込んでいる。男は一際太い柱に背をもたれさせ、落ちくぼんだ目で今しがた通って来た道を見る。ナタリアが追ってこないかを警戒しているようである。

 と、雲が晴れて、月明かりがその空間をより広く照らし出す。袋小路の入り口、男が今まで警戒して見つめていたそこに、青年が銃を構えて立っている。

 細く引き締まった体つき、全身黒ずくめの装い。しかし何より特徴的なのは、その目である。背丈から推測される年齢とは似合わない、暗く濁った瞳をしている。その目が男の目を冷たく射抜く。男は口をだらしなく開き、命乞いでもするかのように、両手を前にかざす。青年はその挙動さえただ冷徹に見ているだけである。青年の指が力む。

 つんざくような銃声が、夜の街の静寂を掻き乱す。

 

 青年は、名を衛宮切嗣という。

 

 

 「島の外まで連れ出されたあとのことは、自分で考えろ」

 ナタリアは島から脱出するボートの上で切嗣にそう吐き捨てたが、結局のところ、いまだ幼い切嗣の面倒を数年間に渡って見るのは、彼女の役目となった。

 面倒を見る。それは、衣食住を与えるということだけでなく、生計の立て方、即ちナタリアと同じ生き方、切嗣の父のように人災をふりまく魔術師たちを殺す、狩人としての生き方を叩き込むということも意味していた。

 ナタリアは自らの稼業の説明に、「魔術協会」という組織の名を持ちだした。

 魔術協会。2世紀ごろ、散り散りになっていた魔術師たちを統括するために結成されたギルド。魔術師たちに資金、人材、若手の教育、研究施設や機関などを提供する見返りとして、彼らに厳格な法を科す、イギリスや北欧、エジプトを中心に発達した組織である。

 この組織の設立まで、魔術師たちは一般人への被害をいとわず、みだりに研究を行っていたのだが、その放埓も影をひそめ、結果、現代において魔術の存在はほぼ完璧に秘匿されることになったのだという。

 ほぼ。つまり、組織の設立から十数世紀が経ち、巨大なものになった今でも、放置しておけば魔術の神秘が表の社会に露見するやもしれぬ危険因子が存在する。外道魔術師と呼ばれる者たちのことだ。禁を破り甚大な被害を出すそうした魔術師を、協会としては当然看過するわけにはいかない。自分たちで始末する必要がある。

 また、彼ら彼女らとは異なる理由で身柄を狙われる、封印指定と呼ばれる魔術師もいる。数ある魔術の中でもとりわけ希少なもの、その魔術師以外には行使できないものを操る魔術師たちのことだ。協会はそのような魔術師たちを格好の研究材料として生涯幽閉しようとする。もっとも、封印とは言うものの、往々にしてエージェントに殺害され死体だけが確保されるのが実態である。そのような優れた能力を持つ魔術師を生け捕りにするのは至難の業であること、また死体であろうと魔術の痕跡は消えないので、研究価値はなお残っていることなどが理由であるようだ。当然、封印指定が発令された魔術師たちは、ナタリア曰く「ホルマリン漬け」にされぬよう協会から逃げ、隠遁生活に入る。切嗣の父があの島のような僻地を研究所にしていたのも、これが理由であるらしい。

 外道魔術師と封印指定。協会が派遣する正規のエージェントではなく、フリーランスのハンターとしてそうした魔術師たちを狩り、報奨金を受け取る。それが、ナタリア・カミンスキーの稼業だった。

 

 「何があろうと、手段を選ばず生き残る。この稼業について、あたしが決めた鉄則だ。何が起きようと、自分の命をまず最優先にする。他人を助けようとして自分が死んでしまったら、元も子もないからな」

 ナタリアの家に住み着いてから数ヶ月後、彼女の稼業を手伝いたいと何度も申し出る切嗣の煩わしさにいよいよ耐えきれなくなったのか、彼女は切嗣の目を見据えてこう返す。

 「坊やにその覚悟はあるか」

 ───ケリィはさ、どんな大人になりたいの?

 「・・・・・・みんな救えるなんて、思ってないさ」

 映り込む青の満天が、どす黒い紅色に汚されていく。

 切嗣の唯一の父は、断末魔もあげずに死ぬ。

 「それでも僕は、1人でも多く救いたい」

 切嗣の返答を反芻しているかのような間を空けて、ナタリアは捨て鉢に答える。

 「好きにすればいい」

 

 それからの時間は、血と硝煙にまみれて過ぎる。ナタリアは切嗣へ、徹底的に狩人としての技術を仕込む。尾行。変装。話術、武術、戦術、魔術。兵器の扱い、毒薬の扱い、爆薬の扱い。

 ナタリアと共に戦場へ征く切嗣は、その度ごとにあの島で起きたような惨劇をまざまざと見せつけられる。世界のあらゆる場所で、それは日常茶飯事のように繰り返されていると知る。魔術師を殺し、魔術師を殺し、魔術師を殺す。背丈が伸びきるころにはもう、切嗣は一人前の狩人となっている。

 

 中東のとある紛争地帯。歴史的な建造物がなお数多く残る文化的な街も、銃声がこだまする戦場となっている。協会の目をくらますため、あえてそのような紛争地を根城としていた外道魔術師を切嗣とナタリアは殺す。

 仕事を終えた2人がそこの屋上に上がると、死体が山と積み上がっている。見れば、まだ小柄な男児の死体もある。開かれた瞳孔を晒し続けている死体のまぶたをそっと閉じ、それを両手で抱えて切嗣は誰に言うでもない様子で言う。

 「・・・・・・意味は、なかったのか。僕は、これ以上こんな犠牲を増やさないために、父さんを殺したはずだ」

 切嗣の、熱意を帯びた義憤をしかしナタリアは一笑に付す。

 「そいつは1人殺ったくらいじゃ、無理な相談だね。今回のような連中を世界中からすべて殺し尽くす。そんなことがもしできたら、叶うかもしれんが」

 「・・・・・・冗談だ。本気にするな」

 

 

 切嗣が煙草を吸うほどの歳になったある年のある日、ナタリアのもとに外道魔術師の情報が舞い込んでくる。

 『魔蜂使い』の異名で知られるオッド・ボルザーク。限定的ながらも自身の死徒化に成功し、針に死徒化をもたらす魔術を施された無数の蜂を操る外道魔術師である。

 ファックスで送信されたボルザークに関する資料をにらみながら、

 「こいつは私が殺るよ。ボルザークは、私が一度取り逃がしている獲物でね。後始末は自分でやるのが筋だろう?もっとも、因縁があるのは君も同じか」とナタリアは言う。

 死徒仕事を手伝ってから無数の魔術師を仕留めてきた切嗣だが、直接に死徒を相手取る仕事は初めてである。父が研究し、初恋の人が堕ち、島を地獄に変えた死徒。鋭い目つきで切嗣は頷く。

 「・・・・・・僕はどうすれば?」

 「ボルザークは数日後のパリ発、ニューヨーク行きの飛行機に乗るようだ。飛行機には私が乗る。ニューヨークにはおそらく、奴を出迎える仲間がいるはずだ。坊やにはそいつらの掃除を頼みたい」

 「ボルザークを1人で殺るのかい?」

 「ああ。奴も客席までは蜂を持ち込めない。そこが最大のチャンスだ」

 そうしてナタリアはパリへ、切嗣はニューヨークへと赴く。仕事が始まる。

 

 

 防護、回避の魔術を行使する暇も与えず、数百メートル離れたアパートの小窓からの狙撃でボルザークの協力者を仕留めた切嗣に、無線が飛んでくる。ナタリアからの、ボルザークの殺害に成功したという連絡である。

 「あっけないもんだったね・・・・・・。でも、どうやって?」

 「あらかじめ添乗員に暗示をかけ、機内整備の段階でボルザークの座席にルーンを書かせておいた。あとはボルザークの後ろに座った私が、適当なタイミングでそれを発動するだけだ。体内に作用する呪いだから、外傷はない。まさかボルザークも民間機内に罠が仕掛けてあるとは思わなかったろうね。協会指定のエージェントは人払いをしたうえで直接殺しに来るのが常だから。さて、坊や、機内からボルザークを運び出す準備はしてあるんだろうね?」

 「ああ。救急車を空港付近に停めてある。あとは急病患者を搬送する、お医者さまがいればオーケーだ」

 小さな笑いとともに、

 「無免許でよければ」と聞こえてくる。白衣は手荷物の中に用意しておいたのだろう。

 だが、笑った調子の声が一変する。

 「ん?おい・・・・・・どうした、おい!」

 「・・・・・・グールだ」

 「面倒なことになったね・・・・・・ボルザークは、自分の体内にも蜂を仕込んでいた。機内はもう蜂とグールがうごめく地獄になっちまった」

 体内に作用する呪いだから、外傷はない。皮肉にも、民間人を巻き込まぬよう配慮した殺害方法が裏目に出たという。

 「ナタリア、脱出を!」

 「何フィート上空だと思ってるんだ。あいにくスカイダイビングの準備はしちゃいない・・・・・・機体の揺れが激しい。墜落する前に、この飛行機をなんとかせにゃならん」

 「ナタリア・・・・・・」

 「心配するな。私は帰るよ。必ず生きて帰る」

 「・・・・・・」「何か言うことは?」

 「ああ・・・・・・ナタリアならできるさ」

 「それでいい」

 それきり無線は切れる。切嗣は悔し気に拳を膝に叩き付ける。

 今、切嗣が何を考えているのか、それが見て取れる。

 

 切嗣は深夜のニューヨークを奔走し、ブラックマーケットの人脈を通じて必要な道具を準備する。モーターボートを略取し、ジョン・F・ケネディ国際空港を取り巻く洋上へと走らせる。切嗣がモーターボートを落ち着けたところで、ナタリアからの無線が入る。

 「聞こえてるかい?坊や」「感度良好だよ、ナタリア」

 「そりゃよかった。さて、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」

 「良い報せから話すのがお約束だろう?」

 「オーケイ。まず喜ばしい話としちゃあ、まだ生きてる。飛行機も無事だ。機長も副操縦士もご臨終ってのが泣けるところだが、操縦だけなら私でもできる。セスナしか操縦したことはないけどね」

 「管制塔と連絡は?」

 「つけたよ。初めは悪ふざけかと疑われたけどね。優しくエスコートしてくれるとさ」

 「・・・・・・で、悪い方は?」

 「ああ。・・・・・・結局、咬まれずに済んだのは私だけだ。乗員乗客300人、残らずグールになっちまった。コックピットの扉は頑丈だが、その1枚向こうは地獄絵図だ。ぞっとしないね。あとは着陸するだけだ。もっともそれが一番不安なんだがね」

 「・・・・・・あんたなら、やってのけるさ。絶対に」

 何があろうと、手段を選ばず生き残る。何が起きようと、自分の命をまず最優先にする。

 私は帰るよ。必ず生きて帰る。

 そう。ナタリアはきっと着陸に成功し生き残る。

 「空港まであと50分ちょっと。祈って過ごすには長すぎるね。坊や、しばらく話し相手になっておくれ」

 それから2人の会話が始まる。話題はつい先ほどまでの互いの仕事についてから、どんどん過去の思い出へと時間を遡る。

 「坊やがこの稼業を手伝いたい、って言いだしたときにはね、ほんと頭を痛めたもんさ。どう言い聞かせようと諦めそうになかったからねえ」

 「そんなに僕は、見込みのない弟子だったのか?」

 「違う。見込みがありすぎたんだ。度を過ぎて、ね」

 頸、後頭部へと的確に撃つ。念のため、切嗣は背骨にも2発を撃ち込む。子供が、それも実の息子がやったとは思えぬほどの正確さで殺されている。

 「指先を心と切り離したまま動かすっていうのはね、大概の殺し屋が数年がかりで身につける技術なんだ。坊やはそれを最初から持ち合わせていた。とんでもない資質だよ」

 「でもね、素質にあった生業を選ぶってのが必ずしも幸せなことだとは限らない。才能ってやつはね、ある一線を越えると、そいつの意志や感情なんぞおかまいなしに人生の道筋を決めちまう。人間そうなったらおしまいなんだよ。何をしたいかを考えず、何をすべきかだけで動くようになったらね・・・・・・そんなのはただの機械だ。人の生き方とは程遠い」

 思わぬ切嗣への配慮があったことに驚き、切嗣は本音を漏らす。

 「僕はさ、あんたのこと、もっと冷たい人だと思ってた」

 「何を今更。その通りじゃないか。私が坊やを甘やかしたことなんて、一度でもあったかい?」

 「そうだな。いつだって厳しくて、手加減抜きだった。いつまで経っても坊やだなんて呼び続けるくらいだ。あんた、手抜きせずに本気で僕のこと仕込んでくれたよな」

 「・・・・・・男の子を鍛えるのは、ふつう父親の役目だからね」

 声には悔恨の色がにじんでいるように、切嗣は思う。

 「父親から鍛えられる未来を奪っちまったのは、この私が原因みたいなもんだ。私と会わなきゃ、きっと衛宮親子は島を二人で脱出していたんだろうしね。まあなんて言うか・・・・・・引け目を感じないでもなかったんだろうさ」

 照れ隠しだろうか。ナタリアは苦笑しながら言う。

 「あんたは、僕の父親のつもりで?」

 「男女を間違えるなよ失礼な奴め。せめて母親と言い直せ」

 「・・・・・・そうだね。ごめん」

 母親。実母を物心つくまえに亡くしていた切嗣にとって、確かにナタリアは母親だった。

 「長い間、ずっと独りで血なまぐさい毎日を過ごしてた。自分が独りぼっちだってことさえ、忘れちまうほどにね。だから、まあ・・・・・・それなりに面白おかしいもんだったよ。家族、みたいなのと一緒ってのは」

 「僕も・・・・・・僕も、あんたのこと、まるで母親みたいだって思ってた。独りじゃないのが嬉しかった」

 それは切嗣の本心だ。そうだと分かる。

 「あのなあ切嗣。次会うときに気恥ずかしくなるようなことを、そう続けざまに言うのはやめろ。土壇場で思い出し笑いなんぞしてミスしたら、死ぬんだぞ?私は」

 「・・・・・・ごめんよ、悪かった。それと、名前。呼んでくれて嬉しい」

 切嗣に謝罪の意はない。この発言への謝罪の意はない。切嗣が謝りたいのは、もっと別のことである。そうだったと覚えている。

 満天の星々のなか、高度を下げてきたナタリアの操縦するジャンボジェットの衝突防止灯が、滑走路周辺の洋上で待機している切嗣の視界に捉えられる。

 「ひょっとすると、私ももうヤキが回ったのかもしれないね。こんなドジを踏む羽目になったのも、いつの間にやら家族ごっこで気が緩んでいたせいかもな。だとすればもう潮時だ。引退するべきかねえ・・・・・・」

 切嗣は、モーターボートに積んであった巨大なケースを開ける。携行地対空ミサイル。その部品をすべて組み立て、肩に担ぐ。

 「仕事をやめたら、あんた、その後はどうするつもりだ?」

 切嗣の目が照準を覗き込む。すぐにでも、機体は射程距離に入るだろう。

 「失業したら・・・・・・はは、今度こそ本当に、母親ごっこしかやることがなくなるなあ」

 「ごっこなんかじゃない─────」

 射程距離に、入る。切嗣は、腰を据えて発射の態勢をとる。

 「あんたは、僕の」

 どのみちその時が来たら、お前はやるべき仕事をやらねばならないんだ。

 今ならまだ、きっと、間に合うから。

 どうして殺してくれなかったの?

 どうして島のみんなを死なせちゃったの?

 指先を心と切り離したまま動かす。

 「殺して」

 「本当の、家族だ・・・・・・!」

 切嗣が、いや、が、ミサイルを発射する。それは僕の狙い通りに、僕の殺意通りに過たず機体に命中した。

 深夜のニューヨークの空に、凄まじい爆発が煌めいた。それは、僕のかけがえのない母親の命を散らす光だった。

 「・・・・・・見ていてくれたかい?シャーレイ・・・・・・」

 僕は、いないはずの彼女に向けて、語り始めた。

 「今度もまた殺せたよ。父さんと同じように殺したよ。君のときみたいなヘマはしなかった。僕は、大勢の人を救ったよ・・・・・・」

 空中からの脱出は不可能、なおかつボルザークの死体を回収しようとするナタリアが取りうるすべは、空港への着陸しかなかった。セスナしか操縦したことのないナタリアが、洋上着陸などできるはずもない。僕が救急車で空港へと行き、ナタリアとボルザークの死体を回収する。だが、そうすると機内のグールはどうなる?魔術協会へ連絡したところで、駆けつけてくるころにはもう遅い。グールは機内から解き放たれ、空港の人間、そしてニューヨーク中に仲間を増やすだろう。何人の死者が出る?

 ナタリア1人を切り捨てることで、何千人、何万人を救えるのだ。

 僕は、なすべき正義をなした。そのはずだ。

 「・・・・・・ふざけるな・・・・・・ふざけるなッ!馬鹿野郎ッ!」

 だけど、僕はただ慟哭することしかできなかった。

 僕は、島の全景から母親を殺すまでをカメラのように、機械に徹して見てきた僕は、過去の自分がひざまずきひたすらに泣きわめくのを見ている。

 僕は思い出す。これは過去の記憶だ。現実の僕は、あれからナタリアの稼業を引き継ぎ、『魔術師殺し』の呼び名を得て、それを買われ、雇われたマスターとして、日本の冬木市で第4次聖杯戦争に参加している。これは僕が見ている夢だ。

 少年が、命の数を天秤にかけ、父親を殺し、母親を殺す非道な青年となったその時になってはじめて、僕というカメラは自分と衛宮切嗣を一致させることができたのだ。そうなる以前の在り方は、僕が「衛宮切嗣」と定めた生き方に反していて、自分と一致させられなかったからだ。

 ───ケリィはさ、どんな大人になりたいの?

 僕は、そして夢の中の過去の僕は、その言葉を思い出した。

 そうだ。あのときは言えなかったけれど、僕は正義の味方になりたかったんだ。

 みんなを救う正義の味方に。

 一を殺して多を救う、非情な機械ではなく。

 何をしたいかを考えず、何をすべきかだけで動くようになったらね・・・・・・そんなのはただの機械だ。人の生き方とは程遠い。

 カメラ。記述されたコードに縛られ行動を規定するソフトウェア。今の僕は、機械だ。そうあれと僕が定めた。シャーレイの問いが、僕の中にいつまでも響いている。これからも僕は、最大多数の最大幸福のため少数を切り捨ててゆくだろう。僕に刻み込まれ、ことあるごとに浮かび上がるそうしたコードが僕という機械の行動を決定する。

 構わない。そう僕は断ずる。

 世界を変える力だよ。いつか君が手に入れるのは。

 今回のような連中を世界中からすべて殺し尽くす。

 僕は必ず聖杯を手に入れる。聖杯の力で人類を救済しよう。終わりのない戦争の連鎖を終わらせよう。この戦いで僕が流す血が、人類最後の流血であるように。

 やがて、夢のニューヨークにも日が昇る。過去の僕がゆっくりと立ち上がり水平線を睨み付ける。僕もまた、この夢から覚めて戦いに戻る。

 もはや迷いはない。僕は奇跡をこの手に掴んでみせる。

 たとえその道程で、この世全ての悪を担うことになったとしても。